はじめに

<飫肥城跡 大手門>
日南市の城下町・飫肥。
戦国の世を生き抜いた伊東氏の居城として知られる飫肥城跡は、今では武家屋敷や苔むす石垣が残る“九州の小京都”。
この日は母と共に駒宮神社に参拝した後(※駒宮神社の記事はこちら)、その足で飫肥城跡へ。落ち着いた風情と郷土料理が訪れる人を魅了してくれます。2023年11月に訪れた際の記録を紹介します。
城下町の風情
駐車場から大手門へ続く通りには土産店や食事処、小村寿太郎記念館などが立ち並び、いかにも観光地らしい雰囲気。石垣と白壁の町並みは統一感があり、落ち着いた城下町の風情を感じさせます。

<城下町の石垣と白壁の通り>
飫肥城と伊東家の歴史

<飫肥城跡の歴史解説パネル>
飫肥城は、南九州の戦国大名・伊東氏の居城でした。島津氏との抗争に敗れて一時は落城しますが、豊臣秀吉の九州平定後に復帰。その後は約280年にわたり飫肥藩5万1千石を治めました。
明治の廃城令で城の建物は取り壊され、本丸跡には藩校「振徳堂」を前身とする飫肥小学校が建設されました。現在、苔むす石垣や飫肥杉が立ち並ぶ旧本丸跡地が、かつての面影を伝えています。
また、飫肥出身の偉人として忘れてはならないのが小村寿太郎。日露戦争後のポーツマス条約を結んだ明治期の外交官で、宮崎県を代表する歴史的人物。城下町には記念館や生家も残され、多くの人が訪れています。
実戦を意識した構造

<大手門直後のクランク箇所>

<飫肥城跡 内側の白壁と石垣>
通路が直進せずクランク状に折れる構造は、攻め手の勢いを削ぐための工夫。本丸へと続く石段も、急な高低差で実戦を想定して造られています。
観光用に整備された部分もありますが、当時の造りを今に伝える空間に感慨を覚えました。
旧本丸跡と飫肥杉の森
旧本丸跡地は今では飫肥杉が立ち並ぶ森に変わっています。
苔むした石垣と杉林の風景は神秘的で、往時の天守や御殿を想像させる広さも残っています。
歩きながら「ここに天守があったら壮観だったろうに」と思わず感じる場所でした。

<旧本丸跡地の石段と石垣>

<旧本丸跡の古門と石段>
見どころ
城下町散策

<城下町の石垣と白壁の通り>
※再掲
石垣と瓦屋根の壁が並ぶ通りは、歴史を感じながら散策できる魅力のエリア。土産物店や商家資料館などが立ち並び、町全体で当時の雰囲気を伝えています。
駐車場~大手門に至る道中には小村寿太郎の記念館があり、また大手門の近くに移築された小村寿太郎生家なども見どころの一つになってます。
石垣と武家屋敷の残影
旧武家屋敷(旧伊東祐正生家住宅)や商家の一部も公開され、往時の暮らしを体感できるのも飫肥城下町の特徴です。
飫肥の郷土料理を食す
昼食は大手門~駐車場間にある「おび天 蔵」に立ち寄り。
頼んだメニューは飫肥名物を食すことができる「おび天定食」。
実は自分も母親も「おび天」を食べたのはこの時が始めてだったんです。
魚のすり身と豆腐を揚げたおび天は、さつま揚げに似つつも独特の甘みが印象的でした。厚焼玉子はプリンのような食感とやさしい甘さ。
母親は地元の味が一番というタイプの人なので、どうやらこの甘さがお気に召さなかったようですが、自分はかなり気に入ってしまい、帰りに飫肥城跡近くにある「おび天本舗」で持ち帰りの土産を購入。
帰宅したら食べようと思っていたのに帰りの車中で完食してしまったのも今では良い思い出(笑い話?)です。

<おび天 蔵のおび天定食>
私が食したお店からのお取り寄せの商品です。
宮崎県日南市の城下町「飫肥」の郷土料理。
数百年の歴史をもつ伝統料理と手作りへのこだわり。
九州旅行の思い出に。
九州出身やゆかりのある方の懐かしい味として。
遠方に住むご家族へのギフトとして。
今年のふるさと納税として是非ご検討されてみてはいかがでしょうか?
アクセス
所在地:宮崎県日南市飫肥10丁目
公共機関/JR日南線「飫肥駅」から徒歩15分
車/宮崎市内から約1時間(東九州自動車道経由)
車/東九州自動車道 日南東郷インターから約10分
※由緒施設は共通券あり(豫章館・松尾丸・資料館など)
公式:日南市観光協会 / 飫肥城下町保存会
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